日本には約160種類の糞虫がいますが、本州で見ることができるのはそのうち100種類程度。さらに希種と呼ばれるめったに見ることができないものを除いた約70種類が、我々のような一般の糞虫好きが目にすることのできる糞虫なのではないでしょうか。糞虫館から徒歩15分の奈良公園で1年を通じて観察すると、運が良ければ35種類以上の糞虫を見ることができます。何百年にもわたって環境が守られている奈良公園は、糞虫好きにはたまらない、まさに日本一の糞虫の生息地と言えるでしょう。ちなみに、ならまち糞虫館で見ることができるのは、借りているものを含めてもまだ50種類くらいかなぁ。
私がまだ中学生の頃、自分達で立ち上げた昆虫同好会で仕掛けたスジ肉トラップで1匹を採集して以来、40年ぶりに奈良公園の獣糞で再会できた思い出のコブスジコガネ。先日まで友人の手で大切に保管されていた当時の個体も、現在はならまち糞虫館で展示されています。コブスジコガネの中では最も一般的で特に関東以南の森林に多く生息しているらしいのですが、土塊と似ているので、いても案外見逃しているかもしれません。目的は解りませんが、お腹をヒクつかせて鳴きます(というか、音を出します)。
全国に分布しているものの、非常に珍しいコブスジコガネ。これは神奈川県で採集された親虫や幼虫を譲っていただいて、育てたもの。野外ではめったに観察することはできませんが、飼育することで卵・幼虫・蛹・成虫の全てのステージを自分の目で見ることができました。幸せです。感謝。
奈良公園のオオセンチコガネは濃い青色なので、一般に”ルリセンチコガネ”と呼ばれています。奈良県南部の吉野でも同様で、美しい”ルリセンチコガネ”は奈良県全域の地域資源と言えそうです。まあ、虫に県境はないので、三重県の鈴鹿の山にもルリセンチコガネがいるようですが、恐らく奈良県出身に違いないと私は考えています。下の写真の美しい”ミドリセンチコガネ”は『土壌動物の世界』等の著者でありミミズをはじめとする土壌動物研究で有名な渡辺弘之先生率いる観察会で見つけた、私にとっては特別な1匹です。
奈良公園ではオオセンチコガネと並ぶ最も大型の糞虫です。金属光沢を帯びるものの深紫や茶色など落ち着いた色彩のため、糞虫観察会で発見されても大喜びされることはありません。40年前はもっと普通に見ることができましたが、現在は奈良公園ではオオセンチコガネが圧倒的多数派となっており、少し心配しています。がんばれ!センチコガネ。
奈良公園には牛糞がないためでしょうか、日本最大の糞虫であるダイコクコガネが生息していません。でも、繊細で5本の角がカッコいいゴホンダイコクコガネがいます。夜行性で昼間は土に潜っていることが多いので、オオセンチコガネのように簡単には見つかりません。
近年、本州では激減しているらしいのですが、奈良公園では春になると毎年大発生していて、芝生にある大きな糞塊にはこいつが10匹以上ひしめきあっていることも珍しくありません。春先に活動を始めるこのマグソコガネは、春のうちに交尾して産卵、幼虫はどんどん大きくなって土中で蛹になり、まだ春が終わらないうちに羽化して新成虫になります。しかし、新成虫はほとんど動かずにそのままじっと夏・秋・冬を過ごし、翌年の春になってようやく元気に動き出します。気温や日照時間の似ている秋に活動しそうなものですが、秋に掘り出して無理に起こそうとしても、寝ぼけたようにゆっくり脚を動かすだけで、まともに歩ける個体は1匹もいませんでしたした。